『世界言語のなかの日本語』松本克己
次のサイトを見て本書にたどり着きました。
日本語の起源を旧石器時代に探る
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ディクソンの『言語の興亡』によれば、インド・ヨーロッパ語族のようにきれいに系統樹を描ける言語グループは、わりと例外的であるらしい。比較言語学がインド・ヨーロッパ語族について大きな成果を上げられたのは、その先祖集団がユーラシア大陸の西を短期間に席巻したおかげ。「普通の」言語は、周囲のたくさんの言語の影響を受けながら、何千年何万年もかけてゆっくり変化していき、あとかたもなく変わってしまう。
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『世界言語のなかの日本語』の著者も、基本的にディクソンと同じ立場で、伝統的な比較言語学は日本語には通用しない、とする。
なんだけど、副題に「日本語系統論の新たな地平」とあるとおり、本書はそれでも日本語の由来について考察したもの。世界には「ユーラシア内陸言語圏」と「環太平洋言語圏」があり、日本語は後者に含まれる、というのが著者の結論。
といっても「日本語の先祖は○○語」とは決して言わない。あくまで共通点のある「言語圏」であり、同じ先祖を持つ「語族」ではない。
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本書の中心は第4章と第6章で、それ以外は付け足しな感じ。第4章は、世界中の言語のデータを集めて、「ユーラシア内陸言語圏」と「環太平洋言語圏」を区別する特徴を、次のように分析したもの。
世界地図が付いているので、解説と地図を見比べながら読むと楽しい。
- 流音のタイプ:lとrのような流音の数
→ 2つ(内陸)/1つ(太平洋) - 形容詞のタイプ:形容詞が体言型(名詞型)か用言型(動詞型)か
→ 体言型(内陸)/用言型(太平洋) - 名詞の数と類別:数の表し方が名詞類別(文法的な単数複数)か数詞類別(日本語の○匹)か
→ 名詞類別(内陸)/数詞類別(太平洋) - 動詞の人称表示:単項型(主語によって動詞が活用)か多項型(主語に加えて目的語でも活用)か
→ 単項型(内陸)/多項型(太平洋) - 名詞の格表示:自動詞の主語と他動詞の目的語が同じ格の言語を能格型とする
→ 対格型(内陸)/能格型(太平洋) - 1人称複数の包含・除外の区別:「私たち」に聞き手を含む(包含)か含まない(除外)を区別する
→ 区別しない(内陸)/区別する(太平洋) - 重複:日本語の「山々」「かわるがわる」のような表現
→ なし(内陸)/あり(太平洋)
このうち、日本語には 1. 2. 3. 7. の特徴がある。上代には 6. もあったかもしれない、としている。
第6章は人称代名詞のパターンから「環太平洋言語圏」を立証しようとするもの。
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第2章で大野晋の「タミル語起源説」を批判し、第3章で「日本語はアルタイ語族」を批判したのちに、第4、6章で自説を展開しているのだが、読み進むうちに何だかあやしい感じもしてくる……
著者が批判している壮大な脳内理論に著者自身がハマってるんじゃね? という気がしないでもないのである。
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第2章の中の「仮説としての日・英同系論」にはちょっと笑った。日本語と英語が同系とこじつけようとすれば、こじつけられる(onnaとwoman)。清水義範の「英語語源日本語説」(namaeとname)かよ!